Mar 31, 2011

株を始めるCFD

これで株を起動すると、魅力的な手段はCFDですね。人気のFXと同じシステム上で株の取引になってしまいます。あまりにも多くの人々に受け入れられているFXと同じように株取引ができるCFDは本当に魅力的です。そのようなCFDを、今ではよく利用して投資することで、一花咲かせしたいものですよね。
資産運用についてFXという言葉をよく聞く。少額から始めて、投資の比較的大きな利益が期待できるので、初心者にも手を簡単なようだ。気がつかない間に大きな金額の借金を背負うことになる危険性はないと思うが。元金がゼロになるようなリスクはあるようだ。言葉は悪いが、FXは初心者には賭けの種類に近いかもしれない。
相場英雄の時事日想:
 8月初旬、筆者は短い夏休みを取り、家族とともに宮城、岩手両県の沿岸部に向かった。小説の追加取材という名目もあったのだが、主な目的は家族に被災地の生の姿に接してほしいという思いからだった。

 東日本大震災の発生以降、取材で何度も現地入りした筆者に対し、家族は働き過ぎとの感情を抱いていたが、被災地で現地の惨状に接した瞬間から、意図をくみ取ってくれるようになった。自らの目で震災の傷跡を確認し、被災された方々の壮絶な体験の一端を知ったからに他ならない。ボランティア活動のほか、現地に赴き、地元民と交流することだけでも長期的な支援につながると改めて感じた。

●読者からのメール

 当欄で石巻市雄勝町を取り上げたルポを掲載した直後から、ある読者から頻繁にメールが届くようになった。同町出身の読者だった。

 7月以降、この読者と縁の深い民宿を勧められ、筆者は思い切って家族を伴って被災地での夏休みを計画した。もちろん、沿岸各地は復興の途上であり、いまだにガレキ撤去やインフラ整備の最中だ。避難所で不自由な生活を強いられている方々が多数に上ることも承知していた。「観光客」の立場で訪れることにためらいはあった。

 だがこの読者だけでなく、現地の友人たちから強く勧められたことが背中を押してくれた。また、石巻日日新聞によれば、同市観光ボランティア協会が帰省客や観光客向けに震災の被害状況をガイドする試みも行われたという。同協会は、被害状況を多くの人に知ってもらうことが重要だとしている。こうした取り組みを知り、家族を伴って現地に入っても大丈夫だと考えた次第だ。

●石巻市を再訪

 震災ルポで何度も取り上げた石巻市を再訪した。同市の中でも甚大な被害が出た南浜町、門脇地区を回り、市中心部に向かった。昨年刊行した小説の取材、プロモーションでお世話になった鮮魚店「プロショップまるか」を訪れるためだ。

 津波被害を受けた同店は5月に営業を再開、現在は他の飲食店と同じ建物内で営業を続け、市民の貴重な商店街として再起した。同店はインターネット通販も開始。被災した漁師とともに、新たな仕組みでの販売も始めたばかりだ。

 店内にはイートインコーナーが設置され、地元の買い物客がにぎやかに食事を摂っていた。また、ボランティアには無料で食事が振る舞われるなど、さまざまな人たちの交流の場としても機能していた。

 筆者と家族が食事をとっていると、たまたま店を訪れていた知人と再会した。鯖や鯨の缶詰製造販売で知られる木の屋石巻水産の社長ご夫妻だった。同社は津波によって壊滅的な被害に遭ったものの、倉庫に残っていた缶詰を洗浄、「希望の缶詰」として再生販売した企業だ。

 まるか、木の屋のご夫妻とともに再会を喜ぶとともに、彼らの体験談の一端を聞いた。家族の表情を見ると、完全に固まっていた。被災現場を目の当たりにした直後だっただけに、新聞やテレビで報じられた内容とのギャップに驚いた様子だった。また、両社ともに筆者が頻繁に“お取り寄せ”をしていた身近な存在だったこともあり、妻も小学6年生の息子は「人ごとではない」との思いを強くしたという。

●「目が疲れた」

 まるかを訪れたあとは、筆者がお世話になった方々を市内各地に訪ね、同市雄勝町に向かった。途中、当欄で取り上げた雄勝町水浜を経て、同町で奇跡的に被害が少なかった大須地区の民宿に到着した。

 漁師宿として、新鮮な魚介類を提供することで知られる民宿だが、保有していた船は津波で流されたという。現在は共同で漁を行っているといい、筆者が訪れた際も殻付きのウニや地魚を提供してくださった。

 ただ、この宿の皆さんからも震災に関する話を聞き、改めて被害の大きさを知った次第だ。もちろん、家族は絶句していた。

 石巻市周辺、岩手県南部の沿岸地域をクルマで移動する間、日頃減らず口ばかり叩く息子の口数が極端に減った。理由を尋ねると、「目が疲れた」との答えが返ってきた。

 取材で何度も訪れていた筆者の目には、ガレキ撤去が進み、復興に向けた作業が着実に進捗していたと映っていたが、初めて訪れる息子には、地盤沈下した港や破壊され尽くした住宅街の姿はショックが強かったようだ。

 筆者の家族旅行は時期尚早とお叱りを受けるかもしれない。ただ、実際に現地に赴き、地元の方々と接しなければ分からないことがある、その思いだけで旅行を強行した。自分の目で確かめ、ほんのわずかでも被災者の痛みを共有することができれば、家族ぐるみでの長期的な支援につながると考えたのだ。

 筆者は取材と並行してわずかばかりの物資を被災地の友人や知人に運んだだけで、ボランティア活動に参加したわけではない。ただ、被災地の状況と被災者の心情の一端を報せたいという思いが強かっただけだ。

 今後も現地を訪れ、再興を果たした企業の商品を買い、現地の商店での買い物を継続し、微力ながら支援を続けていくつもりだ。

【相場英雄,Business Media 誠】

【関連記事】
その報道は誰のため? 被災した子どもにマイクを向けるな
石巻日日新聞は何を伝えてきたのか
東電社員よ、避難所に足を運んでいるのか
Posted at 16:36 in Club | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.