Apr 28, 2011

注文住宅こそ冷静に

注文住宅は自分の好みで決定されることが多く、新居への夢が膨らむでしょう。ただ冷静にみなくてはいけない部分も少なくなく、適切に判断しないといけない点もあります。例えば、貨物。 "沢山の倉庫を作っておくとよい。何か入る"のように考えて、いざ使用すると、過分のスペースが空いてしまったり、最終的に入らなかったことができます傾向。注文住宅を考える時は大まかに収納部分を作るのではなく、ここでは、こういうものを入れるのを収納した状態を想定しておくと有効に活用する必要があります。
私が中学生の頃、実家の団地では、外壁塗装になっていました。中学生ながら思ったのは、そんなに高いところでも綺麗になって凄いなと思ったものです。外壁塗装、簡単に言っても、実際にする側からすると非常に大変だと思います。私は絶対にできないことだと思いました。それは今も変わらず、非常に大変な職場だと思います。
 深刻な電力不足が懸念される夏を迎えたが、政府の原発再稼働に対する方針が定まらない。九州電力玄海原発(佐賀県)の再稼働に向けた働きかけをしたにもかかわらず、今度は突然、安全検査「ストレステスト」の実施を発表した。中部電力浜岡原発(静岡県)の運転停止では主導権を発揮した菅直人首相は佐賀県の古川康知事との会談を拒否するなど、再稼働に後ろ向きの姿勢を示している。

 ◆唐突で困惑

 「立地自治体は政府の誰の言葉を信用していいかまったくわからない状況になってきた」

 ストレステスト導入について古川知事は6日夜のNHK番組で、困惑を隠さなかった。唐突な発表に驚いたのは古川知事だけではなかった。ある経産官僚は「中身や経緯については知らない」とこぼしており、事務方の大半は寝耳に水だったようだ。

 閣内ではストレステストの実施は必要との認識で一致していたものの、玄海原発でも実施することに強くこだわったのは首相だった。運転再開を目指していた海江田万里経済産業相は慎重だったが、首相が押し切った。

 首相はインターネット中継した6月19日の国民対話の時は、定期検査で停止中の原発の再稼働について、「安全性が確認されたら順次再稼働していくと海江田氏が言ったが、私もまったく同じだ」と語っていた。

 ところが、その後「脱原発派」に傾斜していった首相は、原発の再稼働要請をめぐり、海江田氏から、電力の安定供給に関するメッセージを発するよう要請されても「自分は言いたくない。言うべきではない」と拒否した。

 海江田氏は首相に古川知事と会談するよう要請したが消極姿勢を貫き、結局、枝野幸男官房長官が代役を務めることになった。

 ◆思惑と計算

 5月に浜岡原発の停止を要請したときには、海江田氏の記者会見の予定を取りやめさせ、自身が記者会見で発表して“手柄”としたのとは対照的だ。

 背景には、玄海原発再開に手を貸すと「脱原発の旗手」としての地位を失い、ひいては延命をかけた「脱原発解散」カードも手放すことになりかねないという首相の思惑と計算がありそうだ。だが、首相の自己都合に基づく短兵急で場当たり的な安全対策が、原発再開にいったんは理解を示した地元の反発を招いた。

 「首相は国家戦略担当相時代には、再生可能エネルギーなんてまったく関心を示さなかった」

 元政府高官はこう指摘する。各種世論調査で浜岡原発の停止要請が評価されると、再生エネルギー特別措置法案の成立に俄然(がぜん)意欲を示すようになったという。そこには国民生活や原発立地県への配慮はまったく見えない。(小田博士)

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 全国高校野球選手権宮城大会が9日に開幕。東日本大震災の被災地から出場するチームも多く、沿岸部を中心に津波の大きな被害を受けた気仙沼市の県立気仙沼高には入学前に震災の犠牲となった幻の“チームメート”もいた。ナインは「あいつのためにも」と一丸となって約半世紀ぶりの甲子園出場を勝ち取るつもりだ。

 気仙沼市の死者・行方不明者は約1500人。高台にある気仙沼高は直接の被害は免れたが野球部の中にも肉親を亡くしたり、自宅とともに野球用具を失ったりした生徒もいる。練習再開は4月中旬。だが、体育館が避難所となり、校庭には被災者や自衛隊の車両があふれていたため、グラウンドを広く使う練習は6月上旬までできなかった。

 同校は気高(けこう)の名で親しまれ、昭和37年夏の甲子園へ初出場。初戦でこの年春夏連覇した作新学院(栃木)と当たり、延長戦で惜敗したが、古豪復活を地元は期待する。

 「硬式に慣れたおれたちが気高に集まれば、甲子園をねらえる」。仲間を誘った地元・気仙沼リトルシニアの前主将、畠山郁也(ふみや)君は気仙沼高へ推薦入学が決まっていたが、中学の卒業式前日の3月11日、津波で命を落とした。

 15歳で身長180センチの堂々たる体格。パンチ力のある打撃と俊足が魅力の外野手だった。「合格発表の日、本人に『入部を待ってるぞ』と声をかけたんですが」と気仙沼高の千葉厚監督(33)は残念がる。

 「実力はチームで抜けていた。無口だが、背中で仲間を引っ張っていくタイプ」とリトルシニアの畠山正之監督(43)は回想。シニアで4番を争い、高校でもいっしょにプレーするはずだった佐藤稜真君(16)=1年=は親友の死を「最初は信じられなかった」と肩を落とす。

 千葉監督は、新潟県立長岡大手高の指揮官だった平成16年に中越地震も体験。今回の震災では交流のある新潟の高校などからも不足する用具の提供を受けた。「今年は特別な大会になりそうです」としみじみ。

 畠山宗一郎主将(18)=3年=も「いろんな人たちの支えに感謝する気持ちを結果で表したい。自分たちだけの夏じゃない」とうなずく。チームの10選手が気仙沼リトルシニアOBで畠山主将もその一人。「郁也の思いも受け継ぎ、甲子園をねらいます」と宮城77校の頂点を目指す。(三浦馨)

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